エッセイ

関 博文

小鳥のさえずり

盛岡市に隣接する雫石町。間近に岩手山を望み、山麓に緑の牧草地が広がる。北欧の雰囲気を感じさせる。郊外にララガーデンがある。20ほどの人が入れば満杯となるホールである。このララガーデンには、毎年“夏の音楽会”と称して、一流の室内楽奏者が、演奏を繰り広げる。大都市とは違って滅多に生の室内楽を聴く機会の少ないので、毎年のように足を運んだ。その他の時期にも高名な演奏家が招かれて、時に音楽会が催されている。

 この建物は6角形で天井がとても高く瀟酒なホールである。20人も入ると満杯となる。一流の演奏家たちなのだが、弦楽器にしろピアノにしろ、気持ちが乗ってフォルテ、フォルテッシモで音を出すと往々にして耳障りとなって、いたたまれなくなる。セロ弾きのゴーシュのネズミのように。難しいホールなのかとも思う。

 このホールで懇意にしているロト先生のソロ演奏を聴く機会があった。2015年5月31日のことである。天気も良い日であったように記憶している。ロト先生は、フォルテッシモでも柔らかくよく通る音であくまでも心地良い。弾きながら同時に、聴衆となって自分の音を冷静に聴いている。弾くことと聴くことが高次元でコントロールされているのだろうか。

 この日のプログラムは、シューマンのアラベスク、ベートーベンソナタ第31番。リスト超絶技巧練習曲第9番「回想」とハンガリー狂詩曲、そしてショパンの3番のソナタ。心地よく音楽が流れていた。リストの曲が始まり高音の速いパッセージが奏でられた時、小窓から洩れたピアノの雫に呼応するように、小鳥たちが一斉に囀り始めた。