エッセイ

野村 祥子

音は旅をする―心と体、響きの繋がり

私がロト先生とお会いしたのは7年程前、門下のピアニストである関純子さんと二重奏のレッスンを受けたのが始まりでした。その時の先生の第一声が「音は旅をします。」と言う言葉でした。弦の振動がどのように自分の手から放れて伝わり相手の耳まで届くのか、それは音の本質について深く、かつ物理的に言い表した言葉でした。

それ以来、音の振動と響きの扱い方について、色々な角度から教わってきました。楽器の構造の理解、共鳴する音程の取り方や振動を止めない体の使い方などです。

興味深いことに、私はそれら全てを関さんとの室内楽によって学びました。ピアノ特有の広い音域やペダルやタッチの繊細な組み合わせによって響いてくる倍音、それを支えに共鳴させることで、ヴァイオリンの響きも増幅し安定します。

ピアノの音から助けを得ることはまた、相手を信じ尊重することにも繋がります。互いの音から微細な振動を感じ取り共鳴させ合うためには、無理な動きで響きを止めないことが重要です。そのために呼吸を合わせ、相手の意思に耳を澄ませて音楽の自然な流れに心を傾けます。それらを理解して認め、受け入れた時、心の底から深い安心感が湧いてきて体の力を抜くことが出来るのだと思います。

ロト先生が“Don’t push”「押し付けない」と表現されるこのことはまた、相手だけでなく曲や音楽に対しても言えることだと思います。

何故、自分は今その曲を弾こうとしているのか。ロト先生は、曲の背景にある作曲家の人生や時代と文化を、単なる知識ではなく共感を持って今の自分と照らし合わせるように教えてくださいます。そうすることで作品への理解が深まり、より自然に音楽と向き合うことができると思います。

私はロト先生から、一人では知り得なかった、相手も自分自身をも含む全てを信じて委ねること、尊重することの大切さを教わっているように思います。