エッセイ

町田 りん

音楽家と一緒に演奏すること​

私は⻑年絵本の読み聞かせの仕事をしてまいりました。ですから岩手(2012.4)と奈良(2014.6)でのロト 先生とのコラボレーションはとても興味深い、そしてこの上なく楽しいものでした。

演奏会はとても丁寧に準備され、ロト先生はピアノとヴァイオリンのレパートリーの中に、海や海の生き物 を感じさせる、フランス印象派の作品や日本の現代音楽を含むように考えました。私たちが深い感謝をもって 準備したのは、これらのプログラムが中谷宇吉郎博士と日本の浦島伝説に連なっていたからです。公演は「中 谷宇吉郎博士へのオマージュ」「音草子 浦島物語」として発表されました。

遥か遠く、海の彼方にあるという魔法の城「⻯宮」。日本には古代から「ニライカナイ」「常世」「根の国」な ど海の彼方に理想郷があるという⺠間信仰がありました。浦島伝説もその一つと言えましょう。

ロト先生の義理の父上である中谷宇吉郎博士は寺田寅彦博士の高弟です。寺田寅彦は日本の高名な物理学者 でしたが、夏目漱石に文学の薫陶を受け多くの名随筆を残しました。弟子の中谷宇吉郎も同様に高名な物理学 者であり素晴らしい随筆家だったのです。彼は我が子のために浦島物語を書きました。私にとってロト先生と ともに浦島物語の世界を音楽と語りで表現できたことはこの上ない幸せでした。

初めてのリハーサルの日、先生は私の朗読を聞くなり、「りんさん、身体をほぐして、力を抜いて!」とおっ しゃいました。そして最初の曲、ラヴェルの「鐘」〈洋上の小舟〉を弾き始めました。その音の響きの柔らかさ と輝きに、見る見るうちに私の声が変化していったのです。「Yes! 響き、いいですね。声、そうです。Good! 」 と仰いました。

演奏会は、共演のヴァイオリニスト沼田園子先生(盛岡)、小川響子さん(奈良)、中平めいこさん(奈良) とともに、素晴らしいコラボレーションの世界となりました。

演奏した主な曲は以下の通りです。

ラヴェルの「鐘」《洋上の小舟》
中田喜直組曲「光と影」より《琴を弾く少女》
ショパン「夜想曲」第8番
三善晃「海の日記帳」より《汐と夕月》《あこや貝の秘密》《浜百合の恋》
エルガー「愛の挨拶」
マスネ「タイスの瞑想曲」
モシユコフスキー「二つのヴァイオリンとピアノのためのソナタ」
リスト「ペトラルカのソネット」
シューマン「子どもの情景」より《ロマンス》《ねだる子ども》
シューベルト「即興曲」
シューマン「子どもの情景」より《子どもは眠る》