エッセイ

和泉 真弓

メッセージが伝わる演奏


ピアノはいくつから始めたのか覚えていませんが(5歳かな)中学生になるまで特別な音楽教育は受けていませんでした。

中学生になって初めて某大学ピアノ教授に習うことになりましたがいつも「もっと歌って、表現して」と言われるばかりで、ある時ついに「私は歌っています」といってレッスンの途中で帰ってしまったことがありました。よく破門にならなかったと思いますが。

大学で属澄江先生のレッスンを受けるようになり、それまで抱えていた疑問が次々解けていきました。客観的に自分を見ること、指のコントロールと自分の弾く音を耳でよく聞き分けることが必要だと言うことを学びました。そして自分で試行錯誤しながらだんだん自分なりの奏法を見つけることが出来ました。(イメージがあっても納得のいく音が出せないこともありました。)

ロトさんとの最初の出会いはブラームスピアノクインテットの(私が大好きな作品で演奏したいと思っていた)譜めくり役でした。しかし譜面を追いながらも目の方は楽々と演奏するピアニストの手の方に釘付けで、耳はその手が紡ぎ出すふくよかな音(今まで聞いたことのない音でした)を聴いていたことを記憶しています。

その後、新宿でロトさんのプロコフィエフ作曲ピアノソナタ7番を聴いた時初めてこの作品が私の心に届きました。それまで何人ものピアニストの演奏を聴きましたが、この作品を演奏したいと思ったことは一度もありませんでした。でもロトさんの演奏にはメッセージがあり、その演奏を聴いて、初めて私もこの作品を演奏したいと思いました。

丁度その頃、我が家でピアノを演奏する仲間が集まって、月一回の勉強会を行っていました。講師には、大学で和声、対位法を学んでも実際の演奏にそれが活かされていないと常々歯痒く思われていた大ヶ瀬先生をお招きしました。先生の書かれた著作「作曲家からのメッセージ・音楽理論から演奏表現へ」を参考にして楽曲分析を行い、その後それに基づいて各人が演奏をするという勉強会でした。その勉強会と同時進行で、約20年間、同じ仲間で、我が家を解放する形で、ロトさんのレッスンとホームコンサートを継続してきました。

心を掴むショパン、リスト、メンデルスゾーン、いつまでもその音の世界に止まっていたくなるスクリャービン、深淵な味わいのフランクなど、いつも魔法にかけられたようにロトさんの演奏に聴き入ってしまいます。何故こんなにまで魅了されてしまうのでしょう。

いつだったかラフマニノフの練習をしているとき、「僕には6000年の血が流れています」とこともなげに言われ、私はびっくりして返す言葉が見つかりませんでした。

ロトさんの言葉で一番印象に残っているのは『自分の内面に耳を傾ける』です。

ペルルミュテールのように歳を重ねても演奏したいと言っていたロトさんと同じように

私も自分の内なるものに耳を傾けなが、聴く人の琴線に触れるような演奏をして行きたいと思っています。